不具合を克服した次のアプローチ
前回の記事では、ABLIC製S-8474とS-8471を使用した無線給電モジュールの問題点と解決方法を解説しました。
今回の記事では、データシートをあえて無視して給電性能のアップを試みます。
もともとの給電能力
ABLIC製のICはスイッチング用FET一つで半サイクルずつ給電する方式なので小型化特化であり、大きな電力を給電する用途には向いていません。本来は0.5W程度で使用することを想定しているようです。
支配的なのは外付け部品と供給電圧
IC自体はスイッチングタイミングを制御しているだけなので、給電能力の上限はFETの定格やコイルの大きさ、コンデンサの特性など外付け部品によって決まります。また、コイルへ加える電圧も大切な要素です。つまり、方式的には他社に劣るものの、性能アップの余地は十分に残されています。
検討のためのシミュレーションモデル
理論値計算をすることも大切なのですが、これは趣味ですから難しいことを考えずいろいろなアイデアを試しながらあたりをつけるアプローチも許されます。
かといって実際の部品をとっかえひっかえするのも面倒ですから、データシートから読み取れる範囲でICの主な動作のみ、LTspiceを使ってモデル化してみました。



モデル化したのはICがスイッチングタイミングを決める仕組みです。内部の回路はブラックボックスですから、ビヘイビア電源をフル活用してプログラミングの要領でモデル化しました。
モデルの検証
まずは秋月のセットと似た条件で動かし、現物と近い動作をするか確認します。概ね問題ないように見えます。

改造第一弾
秋月電子の商品ラインナップの中にやや大きめの給電コイルがありました。コイルをこれに変更することを考えてみましょう。
https://akizukidenshi.com/catalog/g/g115173/
受電側コンデンサの特性変更
もともと実装されている受電側の共振コンデンサはDCバイアス特性が悪く、これが効率の低下につながります。そこでまず送電側と同じC0G特性の0.1μFのコンデンサを入手し、これに変更します。
共振周波数の計算
6.2uHのコイルですから、0.1uFのコンデンサと組み合わせた時の共振周波数は
1/(2pi(sqrt(6.2e-6*100e-9)) ≒ 202e3
つまり約200kHzで共振することになります。
※データシート上の動作条件外
給電側動作周波数の調整
FETのON時間を決めるRtonを調整し、発振周波数を受電側の共振周波数に近づけます。シミュレーションによって、240kΩあたりがちょうど良いことがわかりました。
※データシート上の動作条件外
シミュレーションの結果

受電側の波形を見ると、2.5Wの電力が給電されています。
実物で挑戦
給電側改造点
- 9Vラインに10uFのパスコンの追加
- R2(RTON)を240kΩに変更
受電側改造点
- 共振用コンデンサ(C1)をC0G特性のものに変更
結果はいかに

2mmの距離にて2.5Wの給電に成功しました。
さらに欲張ると…

給電側の電源電圧を9Vから10Vに引き上げたところ、3Wの給電に成功しました。
※データシート上の動作条件外
コイルをさらに大きくすると…
qi用に作られた大き目のコイルがAliExpressなどで流通しています。ちょうどインダクタンスも同じくらいでしたので、そのまま入れ替えてみました。
驚くべき結果に

なんと、2mmの距離で5Wの給電に成功しました。これはかなり実用的な数値でしょう。
とはいえ、ここまで大きなコイルを使ってしまうとモジュールが小型であることの意味が薄れてしまうので、これ以上チューニングを追い込むことはやめました。
まとめ
ここまで小型でありながら給電能力のアップも期待できるということで、夢が広がるモジュールです。
周波数を200kHz程度まで上げても動作することがわかりました。周波数を上げることのメリットは、1サイクルあたりに伝送するエネルギーを減らせるためコイルのコアにかかる負担が減ることです。
この記事で伝えたかったもう一つの事
今回、簡易的ですがICのシミュレーションモデルを作成しました。これによってPC上で様々な試行錯誤が可能となり、結果としてすぐに面白い結果を得ることができました。
もし、回路が上手く動作しないというような場合があっても、シミュレーションモデルを構築することで観測しにくい部分の電圧や電流も推定可能となるなど、不具合のタネを見つけ出すことが容易になります。
何か回路をデバッグしていて袋小路に入ってしまったら、いったんリフレッシュしてシミュレーションモデルの作成をやってみるのはいかがでしょうか。
注意点
今回の製作例はICの推奨動作条件を大きく逸脱しています。このような使い方は再現性の保証もありませんし、予期せぬトラブルの原因にもなりますから趣味の範疇にとどめてください。結果については自己責任でお願いします。
著者プロフィール

- Cerevo 電気エンジニア
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