はじめに
こんにちは。電気エンジニアの早川です。最近記事を連投していますが、記事を書くのがなんだか楽しくなってきております。
ラジオの近くで電子機器の電源を入れるとラジオの音声にノイズが入るといった経験がないでしょうか。現代の電子機器は複雑化・高速化しており、多少なりとも電波を出して他の機器に影響を与えたりします。また、逆に他の機器や無線などの電波を受けて誤動作することがあります。
こういったことができるだけ起こらないように設計しましょうというのがEMC( Electromagnetic Compatibility )という概念で、電磁両立性と訳されます。こうした「電子機器に影響しないような設計」および「他の電子機器に影響されないような設計」 に問題がないかどうかを確認するのをEMC試験といいます。
今回は、EMC試験に落ちないための心がけと簡易評価について書いていきたいと思います。
目次
EMC試験の悲劇
例えば何か製品を分解すると、EMC対策で苦労した跡が見られる場合があります。それをみるに製品開発の後半、量産を目前にして様々なドラマがあったであろうことが目に浮かんできます。
多くの場合、EMC試験は信頼性試験の一つとして実施されるため、本番の試験では量産同等の製品を使います。量産同等品ということは、もうほとんど変更が許されないフェーズです。この段階で初めてEMC的な問題が発覚した場合、とても大変です。改善するために残された手が非常に少ないため、コストをかけ、量産工場に迷惑をかけてでも対策しなければなりません。
そうした悲劇を避けるためには?
ぶっつけ本番にしないことが大切
製品開発において多くの場合何回かの試作を経て量産に向かいます。
一番最初の試作は機能面や電気的特性の評価に注力しがちですが、この段階でEMCの問題に気がつくことができれば問題解決のための十分な時間を確保でき、基板改版時に対策を反映することができます。
もっとも、上流工程でEMCを意識しない設計を行えば必ず問題が出ると思っていて良いでしょう。
簡易評価を習慣づける
EMC評価の定量的アプローチは難しいものです。必要な設備や場所の問題もあります。しかし簡易的なアプローチでも十分に問題の芽を見つけることが可能です。むしろ簡易的な評価方法を知っておくことで、EMC評価は日常的なものであり特別なものではないとハードルを下げることが大切だと考えています。
EMC4つの簡易評価
今回はEMC試験のうち、EMI(放射エミッション)に絞って解説します。
オフィスや自宅にあった製品でEMC的に問題のないデバイスと問題がありそうなデバイスを実際に測定し、問題のあるデバイスではどのような見え方になるのかをお見せしたいと思います。
簡易評価したデバイス
YAMAHA YVC-300 会議用スピーカ・マイク
PCに取り付けて使うタイプの会議用スピーカ・マイクです。この記事を書いた時にたまたまオフィスにあったので使わせてもらいました。VCCIのクラスAに適合しており、適切なEMC設計がなされている製品です。
詳細不明 アヒル型ドライブレコーダ
私が車に取り付けているドライブレコーダです。パッケージを捨ててしまったため、詳細はわかりません。
特に海外ではEMCが法規制になっていることが多いということもあり、量産されて世界的に販売されているデバイスでEMCに大きな問題があるものは稀です。ただ上記のスピーカーと比較して、他に比べて手持ちのものでEMC設計が甘めなものとして今回比較対象としました。
また、車載機器なので適用される規格が違うかもしれません。本記事では、VCCI(CISPR 32を引用した国内の自主規制規格)を前提とした評価方法を紹介しています。
【1つ目】近傍界プローブによる評価
EUT(試験対象)の、ごく近くに発生する磁界、電界に反応するプローブです。これは簡易EMC評価に欠かせないものです。
安価なものから高価なものまで色々ありますが、これを使った定量的測定はそもそも困難なので安価なもので十分です。Aliexpressなどでも購入できます。また、自作することもできます。
EMC試験に落ちるレベルの電波放射がある場合、これを製品に近づけるだけで簡単にスペクトラムアナライザ(スペアナ)等で検出できます。
こういった簡易なスペアナでも十分に検出可能です。
大きめのプローブでどの回路ブロックが原因かあたりをつけたら、小さなプローブで基板上のどのパターンが原因かあたりをつけていきます。
磁界プローブの場合、各場所でかならず90度回して最大値を探るのがポイントです。プローブの平面と放射のあるパターンが平行になった時に最大値になります。
会議用スピーカ・マイクの測定例
計測したところ、ほとんど何も見えていません。少し見えているピークはおそらく放送波と携帯電話の電波です。
アヒル型ドライブレコーダの測定例
会議用スピーカー・マイク YVC-300に比べ、明らかなノイズが出ているのがわかります。
【2つ目】電流プローブによる評価
次の評価の準備です。
このようにトロイダルコアにセミリジッドや同軸ケーブルを巻き付け、自作近傍界プローブと同じように中心導体をシールド線に接続すると電流プローブとして動作します。
製品から出るノイズのうち、比較的低い周波数(概ね300MHz以下)では基板本体からの放射よりケーブルからの放射が目立ってきます。ケーブルがアンテナになっているわけです。
このケーブルという名のアンテナにどのくらいの電流が流れているかを調べることでどのくらい電波を放射しているかの目安になります。
ケーブル一本をまるごと電流プローブに通せば、理想的には行きの電流と帰りの電流で相殺されて何も検出されないはずですが、それでも電流が検出されるということはその電流はどこへ行くのかと言えば、電波として飛んでしまう成分もあるわけです。
会議用スピーカ・マイクの測定例
低周波側に少しノイズが出ているようです。低い側に出るノイズは電源回路に起因している場合が多いです。
アヒル型ドライブレコーダの測定例
こちらは会議用スピーカー・マイクに比べ、なかなか激しいことになっていますね。
【3つ目】ログペリアンテナによる評価
ログペリアンテナは周波数帯域が広いという特徴があり、周波数ごとにアンテナを取り替える手間がありません。 近傍界プローブの場合、 何か対策を行ったあと遠方界としてどのくらい減ったかはわかりませんが、これを実験机の上に吊るしておくと対策の前後でどの程度の効果があったかがわかりやすいです。
Aliexpressなどで安価なログペリアンテナが購入できます。
この方法の欠点は、無線や放送、携帯電話などの電波、そして周辺の電波を反射する物体に対して敏感なことです。
会議用スピーカ・マイクの測定例
黄色のトレースがEUTの電源OFF状態でのMax Hold値、ピンクのトレースがEUTの電源ON時のMax Hold値です。見えているピークはほとんど環境由来のもので、EUTからの放射はほとんど観測できません。
アヒル型ドライブレコーダの測定例
こちらもEUTの電源OFF状態が黄色、ON状態がピンクですが、明らかにEUTの電源ON時にしか見えないピークが多数あります。盛大にノイズを出しています。
【4つ目】アクティブアンテナと広い部屋を使った評価
アンテナファクタが既知の小型なアクディブアンテナを広い部屋に置き、EUTからアンテナまでの距離を1 [m]として測定することである程度実際のサイトで測った場合の結果を見積もることができます。
距離を1 [m]とする理由は近傍界の影響をなるべく避けつつ、壁などの反射物までの往復の距離に対して十分短い距離とすることで、 反射波に対して直接波が支配的であるようにするためです。
小型アンテナが良い理由は、寸法が大きいとアンテナの中心部と末端部でEUTまでの距離が極端に変わってしまうためです。このため必然的にアクティブアンテナが選択肢になります。
この場合3m法での基準に対して、単純に距離から換算すればプラス9.5 [dB]となりますが、経験的にプラス6 [dB]の方が実際に近いことが知られています。(参考文献参照)
スペアナ等で読んだ値にアンテナファクタを足すことで電界強度に換算して判断します。
最近だと微弱無線を使った製品の電界強度調整にこの方法を利用しましたが、後に試験サイトで正式な試験を行ったところほぼ狙い通りの電界強度になっていたことから、そこそこ実用的な方法といえるでしょう。
シールドルームを使った簡易測定システムは要注意
実際のEMIの測定は電波暗室を使って行いますが、シールドルームを使った簡易測定システムもあります。こういったシステムの場合、試験サイトと同じ自動測定ソフトが導入されていたりして一見信用できるように思えるのですが、実際には試験サイトでの測定と大きく違った結果になる場合があります。シールドルームでは反射波のコントロールが全くできないためです。前述の広い部屋を使った方法の方が試験サイトでの測定値に近いでしょう。
もちろん、まったく使えないわけではなくすでに試験サイトで測定した結果があり、あと何dB下げればよいかなどの目安としては十分使えますし測定が自動である分、手軽です。
おわりに
手軽にできるEMC評価の方法をいくつか紹介してみました。詳しい部分については参考文献を参照してください。こんなに簡単な方法で問題を見つけることができるということを知っておくことが大切だと思い記事にさせていただきました。
参考文献
ヘンリー・オットー(出口博一, 田上雅照, 高橋丈博 訳), 詳解 EMC工学, 東京電機大学出版局, 2013
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